私たちは無料のものを過剰に消費する

多くの人は、「無料」であると聞くと
それをあまり意識せずに雑に扱ってしまいます。

 

そこまで大切に扱わなくても、
「どうせ無料だから」と、自分が損をすることがないからです。

 

公衆トイレが汚いのも同じ理由からで、
自分の家のトイレだと掃除をする「コスト」がかかりますが、
公衆トイレは自由に使えるうえに、
掃除のコストは誰かが負担してくれます。

 

二酸化炭素を大量に排出すれば、
地球の気温が上昇し、
さまざまな恐ろしい結果が生まれることを
今では私たちは知っています。

 

しかし、
地球温暖化の原因となることが
まだわかっていなかった時代には、
二酸化炭素も排出し放題でした。

 

言ってみれば、
地球環境というものに「値段をつけずに」
タダであると考えていたのです。

 

そして、
このままでは自分たちの生活が
壊れてしまうことに気づき、
「環境コスト」として認識したからこそ、
今のように排出制限などの制約を設けたりしているわけです。

 

レジ袋の有料化は、
道端に捨てられたり、木の枝にかかっている
レジ袋を取り外したり片付けるコストは
これまで私たちに請求されることはありませんでした。

 

プラスチックでできたレジ袋が
環境汚染につながることが明確に浸透してきた今、
 
 
 
レジ袋を有料で請求されるようになったからこそ、
直接コストとして認識できるようになり、
エコバッグを使う人には値引きが実施されたりしています。

 

私たちは
「無料」のものを過剰に浪費しがちです。

 

若いうちは時間が無限にあるように思えて、
いつかやろうと行動を先延ばしにしている人は、
未来の時間を「浪費」しているかもしれません。

 

早く行動すればそれだけ早く素晴らしい未来が
手に入るのに「行動しない」ことでそれを遠ざけています。

 

怠惰に過ごす時間は一見無料に思えますが、
実際にはより良い未来の時間をコストとして
支払っているのです。

 

それが直接コストとして
実感できるころに行動を始める人は、
もう手遅れになっているかもしれません。